となると、「小沢一郎」を解っとかんと。
彼は、経歴は各自、ググったらすぐ解るし、あえて書かん。
けど、今現在、贈収賄の「被告人」であることには間違いない。
議論は大いに結構やと思うけど、それを忘れたらあかん・
事件名は「陸山会事件」
これ又、裁判の傍聴に行ったジャーニャリストの江川氏を紹介せんと。
例のよって★が俺の解説や
以下、ツイッターより引用。
1)陸山会事件。午前中の証人は、水谷建設の会長や社長を乗せる車の運転手だった男性。川村社長(当時)は、H16年10月15日にこの車で全日空ホテルに行き、石川議員に5000万円渡したと証言していた。それを裏付けるこの運転手氏の検察官調書も作成されている。しかし…
2)運転手氏は、「そういう記憶はない。川村社長を全日空ホテルに送ったのは、会長が脱税事件で逮捕された後、H17年以降に1回か2回あっただけと思う」と証言。さらに運行状況を詳細につけた手帳にも、この日に全日空ホテルに行った記録はない。捜査段階の調書の内容は、
3)一般論として会長や社長を送迎する時のことが、10月15日のことと特定するように書かれた、と延べ、この日の行動として書かれた記載をすべて否定した。当初、調書への署名を拒否し、訂正を求めたが、「訂正はできない」「サインをしてもらいます」と押し切られた、と証言。
4)「調書は納得できない。直してもらいたい」と運転手氏。一般論を特定期日のこととして記載し、本人の記憶にないことまで書かれた調書にしてしまったのは、おそらく主任検事から「こういう調書を取ってこい」と言われたのだろうと推測。ストーリーありきの捜査が行われた可能性あり。了
★以上が午前中の審議 。で、次から午後の審議。
1)陸山会裁判、午後の証人は水谷建設元会長・水谷功氏。5000万円の裏金の行方は「分からない」と述べ、石川秘書(当時)に渡したとする同社元幹部らの証言に疑問符をつけた。 当時同社は、胆沢ダムの全ての工事でゼネコン下請けJVのスポンサーになるため、「社運をかけた営業」を行った。
2)スポンサーになれれば勝ち、なれなければ負け。スポンサーではないサブでの参入は再下請けのような形になり、違いは雲泥の差だ。「堤体盛立」一期工事は、鹿島建設の受注が有力で、鹿島との間では水谷がスポンサーになることはほぼ決まっていた。ところが、別の業者が入ってきていると教えられた
3)「鹿島としては水谷で依存ないが、大久保秘書に挨拶に行くように」と言われた。挨拶とは、鹿島と水谷の間で話はできているから横やりを入れないでくれ、ということ。川村社長に「業界の判断に任せてもらえるよう陳情してきなさい」と指示。取り引きのある日本発破技研の山本氏に段取りを頼んだ。
4)山本氏に頼んだ理由。「大久保さんには失礼だが、山本さんが『大久保さんに頼んだけど、うちは(工事に)入れてもらうのが難しい』と言っていたので聞いたら、日本青年会議所の関係で親しいと言っていた。それもこれも、スポンサーになるため。サブでいいなら、そんな指示はしない。
5)ここで水谷元会長は突然「最初に言うべきだったが、当社の関係で皆さまに迷惑をかけていることをお詫びします。遅うなりましたけど」と述べ、頭を下げた。川村社長は、いつまでも山本氏と一緒に大久保秘書に会いに行くので、「こんな大事な話をするのに、いつまで人を介しているのか。もっと深い
6)友好関係を結ばないとダメだ」と言った。川村は「大久保さんは非常に用心深いので、なかなか懐に入れない」と言うので、「それをするのがお前の仕事やないか」と叱咤した。9月になって「どないなっとんのや。君はまだ若葉マークなので、なんだったら私が出て行く。今月中に何とかしろ」と言うと、
7)その月のうちに「大久保さんと合意ができました」と川村が報告してきた。 「5000万円を2回届けることになったのか」との問いに、水谷元会長は「2回というのは記憶にない。1億くらい提供するというのは聞いた」と述べ、小沢事務所に金を届ける話は1回だったという認識を示した
8)ここから、政治家などへの謝礼の払い方について、水谷会長の方針が開陳された。「私の会社の場合、いろいろな陳情をする相手には盆と正月にお礼をしていた。それ以外に特別にお願いしたものは、ちょっと言いづらいが、成功報酬というと失礼だが、そういう認識でした」
9)「自分も親からこういうもんなんだと強く教育を受けておりましたので、それを続けておりました」「何百人の社員が一生懸命働いて稼いだお金を無駄にするというか、勝ちのない使い方はできない」。なので、本件もスポンサーが取れるという話がまとまったから、出すことにしたという認識だった。
10)ところが水谷はスポンサーに指名されず。川村社長を呼び「話が違うやないか」と言ったら、「名目はサブだが、重機比率もうちが多くゼネコンとの交渉権もうちが持っている」と言っていた。納得できず「おかしいやないか」と言った。後から聞いたら、やはり交渉権はないとのことだった。
11)川村氏は、スポンサーとれなかったのは北海道の現場での労災隠しが発覚したため、と証言したが、水谷氏はとっくに鹿島にも話をして終わっている話だと述べ、「彼はそう説明しないと、社内的におさまりませんからな」と、暗に川村氏が自分の営業活動の失敗を取り繕った、との見方を示した。
12)さらに、「裏金の管理は表の金以上の厳格に管理して、すべて記帳しております」と証言。経理担当の中村元常務が、裏金の出し入れは記録をつけてないと証言したことについては「考えにくい」と否定した。水らに建設は、H18に脱税で捜索を受けた。それでも発見されなかったことを問われると、
13)「H17からいろいろ噂があり、事前にチェックできましたので、別の場所に移動しました」と述べ、帳簿が中村氏の父親で元相談役の所にあった可能性を否定しなかった。水谷氏は、水谷建設では裏金を渡す時のルールがあったことも明らかにした。その裏金ルールとは――。
14)「たとえば、AさんとBさんが約束して、Cさんが(金を)届ける時には、途中で泥棒に遭わないように気をつけるくらいでいいが、Bさんが届けるという時に確実に届くかどうか心配なので、社員を疑うわけではないが、それなりのルールは持っていた」
14)「たとえば、AさんとBさんが約束して、Cさんが(金を)届ける時には、途中で泥棒に遭わないように気をつけるくらいでいいが、Bさんが届けるという時に確実に届くかどうか心配なので、社員を疑うわけではないが、それなりのルールは持っていた」
15)「まず、朝(桑名市の)本社から(金を)持って出て、(引き渡し場所に)到着する時間に約束をする。どうしても無理な場合、前日に持って行くが、朝一番に(引き渡す)約束をする。それから複数の人間で渡したことを確認する。経理はそれを『見届け人』と言っていた」
16)5000万円は、「川村が中国に行って翌日に渡す約束をしたというので手配をした。14日と聞いていたので、尾納専務に13日に届けて立ち会うように指示した」 ところが尾納氏は東京支社の金庫に金を預け、川村氏は15日午後たった一人で、石川秘書(当時)に渡した、と証言している。
17)水谷氏は、そうした川村氏らの行動を「考えがたい」と述べ、「私は(川村から)大久保さんに渡したと報告を受けた。事件が明るみになって、石川さんに渡したと聞いてびっくりした。(川村は)こういうことは初めてなので専務まで付けたのに…。私が教育してきたことと違う」と嘆いた。
18)こういう裏金こそ慎重に扱うべきで、スポンサーになれるという確約もとれていないのに渡すようなことは論外、というのが水谷氏の立場。「勝ちのあるもの以外に使わないのが基本です」ときっぱり。川村氏らの説明について「不明朗な点があり、非常に理解しずらい」と述べた。
19)検察側は2回にわたって5000万円を大久保・石川両秘書に渡されたと主張している。物証は乏しく、証言内容に不自然に思われる点があっても、4人の証人を並べることで、それは立証されたかのように報じられてきた。しかし、水谷証言で真相が分からなくなってきた。
20)検察は、服役中だった水谷氏を訪れ、筋書きに沿った供述調書を作成。水谷氏はやむなく川村氏に合わせた、という。もっとも水谷氏も佐藤福島県元知事の裁判で”不明朗”な証言をした過去もある。5000万円はどこに行ったのか?そして、もう一回の5000万円授受はあったのだろうか?(了)
時間の問題もあるが、それより目の前の証言より紙に書いたことに引きずられる裁判官の「紙好きマインド」が問題と思ふ RT @runrun0817ran 三井環氏が裁判官は時間がないから供述調書しか見ないと言ってました。他に証拠があっても見てる時間がないと
1)今日の陸山会裁判。大震災で大久保元秘書が出られない間に出てきた3検事が再登場し、大久保元秘書の尋問を受けた。時間が足りないのか、ずいぶん早口でメモもとれない(>_<)その内容は、池田元秘書が勾留質問で大久保との共謀を否認したのに、その後の調書でこの点を問いたださず、
2)小沢氏の関与を聞いたりしてるのはおかしいとか、大久保氏が東京にいる時は政治資金報告書の原案を見せて了承とったというなら、末尾の署名は池田氏が代筆した理由を尋ねないのはおかしいとか…内容は細部にわたり、法曹業界人向けって感じ。
陸山会事件、最後の被告人質問で大久保元秘書は、水谷建設からの1億円のヤミ献金は「そもそもそういう話はありません」と否定。「元会長の証言を聞いて、元社長が小沢事務所を口実にした狂言で会社の金をかすめとるためだったのだなと合点がいった」と述べた。
また、水谷建設の元社長がH15暮れに大久保元秘書宅に松阪牛届けた際に現金100万円を届けたとする調書について「作り話」と否定。調書に、大久保宅にちゃぶ台があったとする記載について「うちにちゃぶ台はない。私の不在の時に妻が見ず知らずの人を上げるわけがない」と信用性に疑問をなげかけた
陸山会の裁判官って、木を見て森を見ないどころか、下草が気になって仕方ないタイプだにゃ。契約書と政治資金報告書では買った土地の平米数がコンマ以下違うがどうしてかとか、土地の地番が二つに渡っているのに報告書では一つしか買いてないのはなぜかとか…。そういう事務的なことに意識が向くらしい
陸山会裁判を傍聴して、いいか悪いかは別として、政治資金報告書作成は秘書の仕事としては優先順位が低く、それより選挙やら陳情の処理やら寄付集めやらに奔走し、確定申告のように、期末になってあたふた書面を作り、最後の数字が合えばOKみたいなアバウトさを感じた。それに対して、裁判官は(続く
続)かかってきて、検事が次第に焦りだし、最後に「黙して語らず」の調書を出してきた、と主張。こんなこと、取り調べを可視化しておけば、すぐに分かることじゃん。検察側は、自分たちの主張を通したければ、取り調べの全過程録音録画を主張するべし。
★やって。
俺的に思うには、「証人」が、自分の都合次第で「証言」を変えてるとしか思えん。
ほったら、裁判官の「心証」なんやけど、これもええ加減なもんで。「心証」ツーと聞こえはええけど、ぶっちゃけ「気分次第」が正しい。
江川氏も指摘してるけど「裁判官」の「紙好き」は、誰でもやねん。
「口頭弁論」ツーけど口で喋る訳や無いん・
はじめに「準備書面」に、喋りたいことを書いとく訳。これ、絶対に。
当日「裁判官」が、準備書面を出して、「これを陳述しますか」ツーのよ・
「しません」言うたら、裁判、終わってまう(負けてまう)し「はい」しか言えへん。
「本人尋問」「証人尋問」は、一応ほんまに口で喋るけど、喋る内容を前もって紙に書いて裁判所に出しとかんとあかんのよ。
んで、「冤罪事件」の、布川事件の補足説明を忘れてたし、以下・
明日は、布川事件の再審判決。この事件での無罪は確信しているが、別件逮捕の件についてどうするのかも注目。警察は他人のズボンを盗んだ容疑で逮捕して、強盗殺人を追及して”自白”をとった。弁護側は免訴を求めている。29年も冤罪で獄中に閉じ込めておいて、新たに「有罪」を告げるのか。(続く)
(続)別件逮捕という捜査手法が不当なだけでなく、被告人は無罪を主張し、物的証拠はないのに、慎重な審理をせずに有罪にした裁判所の責任も大きい。それを考えれば、罰金の執行猶予みたいな姑息なやり方はせず、本件は無罪、別件は免訴にして、刑事司法の過ちを謝罪することが望ましい。
私が布川事件を知ったのは、作家の佐野洋さんの著書「ノンフィクション・布川事件 檻の中の詩」(双葉社)だった。手元にあるのは、1993年の初版。再審が始まってから読み返してみたが、なんとこの時点で、取り調べのビデオ撮影の必要性に言及していた。その時からの歩みの、なんと遅いことよ!
布川事件について関心を持った方は、ぜひ井手洋子さんが14年間かけて桜井さんと杉山さんを撮影した映画「ショージとタカオ」を見てもらいたい。ジャーナリストがほとんど2人に注目していない、仮釈放の時から取材を始めている。2人が自由になってまもない頃の発言は、すごくインパクトがある。
布川事件の神田大助裁判長は、マスコミに渡した判決要旨さえ、弁護人に渡すことを拒み、最終的にやっと渡したものの、後で回収しろと命じたとのこと。弁護人には、判決文は最後まで知らせたくないというのはほわい?
神田大助裁判長の対応は異常ですね。だって、裁判所が出す判決を検察だけにこっそり渡して、弁護人にも、国民にもできるだけ隠しておきたい、ということですよ。最高裁は、これを黙認するのでしょうか…
神田大助裁判長の対応は、あまりにアンフェアだと思う。じゃあ、彼は有罪の時には、弁護人だけに判決を渡して、検察には隠しておくのか。ありえにゃい!こういうアンフェアな裁判官が存在すること自体、裁判所の信用を失うと最高裁は判断すべきだにゃ
まったく RT @Seiro_Shimokawa 布川事件の無罪確定ニュースの扱いが地味なのはなぜか? 足利事件よりはるかに長い44年もかかっているのに。未確定の「政局・大連立の行方」より大事なのに。
俺的には、日本の司法制度は既に腐りきってると思てる訳。石田雅彦氏もや・
どないする?こんな状況で「裁判員」に選ばれたら。